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- 一音会出身の音楽家が、一音会を語る

1998年東京都生まれ。3歳からピアノを始める。
2017年、東京音楽大学1年在学中に、第27回クララ・ハスキル国際ピアノ・コンクールで優勝。併せて「青年批評家賞」「聴衆賞」「モダンイズム賞(新曲賞)」の特別賞を受賞し、一躍世界の注目を浴びる。
2010年台湾で開催された世界クラシック ピアノ・コンクール(ジュニア部門)優勝、全日本学生音楽コンクール(小学校の部)第1位、2013年オーストリアで開催されたロザリオ・マルチアーノ国際ピアノ・コンクール、2015年中国で開催された若い音楽家のためのモーツァルト国際音楽コンクール第1位 、2016年浜松国際ピアノアカデミーコンクール第1位、アメリカで開催されたジーナ・バッカウアー国際ヤングピアノコンクール第3位など、国内外での受賞を重ねる。
2013年津田ホールにて初めてのリサイタルを開催。以降、国内はもとより、ショパン国際音楽祭(ポーランド)、世界のアッシジ音楽祭(イタリア)、バート・ラガッツ次世代音楽祭(スイス)などの音楽祭に招待されリサイタルを行っている。
これまでに、現田茂夫、飯森範親、大友直人、レイ・ホトダ、クリスティアン・ツァハリアス、リュー・ジア、リッカルド・ミナーシ各氏の指揮により、東京交響楽団、神奈川フィルハーモニー管弦楽団、ユタ交響楽団、ローザンヌ室内管弦楽団、マカオ管弦楽団、東京都交響楽団等のオーケストラと共演。
2013年には、ナクソス・ジャパンから若い世代の音楽家のための新レーベル「ナクソス・クレッシェンド」第1号として、デビューアルバム「MAO FUJITA」(NYCC-10001)、2015年には「ヤング・ヴィルトゥオーゾ」(NYCC-27296)をリリースし、高い評価を得ている。
現在、特別特待奨学生として東京音楽大学1年ピアノ演奏家コース・エクセレンスに在学中。ピアノを野島稔、鷲見加寿子、佐藤彦大の各氏に、ソルフェージュを西尾洋氏に師事。
平成29年度公益財団法人青山財団奨学生。

僕は、母のお腹に中にいる時から一音会に通っていたので、音楽の原点は一音会にあります。
当時は東京に住んでいましたが、3才くらいで山梨県へ、5才で長野県へ引越しをしたので、日曜日に家族で東京まで通うのがイベントのようになっていて、とても楽しかったです。
リトミック、絶対音感、ソルフェージュ、ピアノ、作曲を小学生時代に楽しみながら学ばせていただきました。
おかげさまで、音楽高校に入学以降今まで、度々行われる聴音や初見、ソルフェージュのテストなどは全く困ったことはありません。
そのような力をつけてくださった一音会には感謝の気持ちでいっぱいです。これからも初心を忘れずに頑張っていきたいと思います。
―― 一音会に通っていた頃の思い出を教えてください。何か、心に残ることはありますか?
藤田 絶対音感やピアノは個別レッスンでしたが、リトミックはグループレッスンだったので、 皆で先生のピアノに合わせて動物の真似をしながらリズム良く行進するのがとても楽しかったです。
僕はあまりリズム感が良くないのですが、かなり鍛えられたと思います。特に鈴木ますみ先生は、いつも笑顔で迎えてくださり、誰にでも平等に接してくれて、全力で体を張ってご指導くださいました。
子供ながらに「すごい先生だな〜」といつも思っていました。
―― 音楽の道を志したのは、いつ頃のことですか?きっかけになるようなことはありましたか?
藤田 一音会の行事の一つである「ピアノ・トライ」に参加した際に、江口寿子校長先生から、「あなたは音楽の道に進んで行くわね。これからどんなことがあっても音楽を嫌いになってはダメよ」と言うお言葉をいただきました。
まだ小学1. 2年生くらいだと思います。常にその時の言葉が頭の片隅にあり、 自然に導かれながら現在まで音楽の道を歩んでいます。
幸い、これまで音楽が嫌いになることもなく、年々音楽愛は増すばかりです。
―― どんなピアニストを目指していますか?将来の夢を教えてください。
藤田 普段から自分が出す「音」にこだわりを持っています。自分にしか出せない音・響きに、より一層磨きをかけて、人々に喜びを与えられる、そして長い間愛されるピアニストになりたいです。
